昔、

とある偉人が I love you を、

「月が綺麗ですね」

と略したというのは、

結構有名な逸話で。

そんな粋で風情があっても、

全く伝わらないだろう、

密やかなその言葉が、


実はこの上なく好きだった。







トリップ×3








明るい月が庭の木々を煌々と照らす。

まだ暖かいとは言いがたい夜を照らす月は丸く大きく肥え太り、月の兎と呼ばれるクレーターがくっきりと見える。

そんな月を平安時代、梶原邸縁側で一人ぼんやりと眺めていた。

まだ冷たい風が頬を撫で、草木を揺らしていく。

白湯の入った湯飲みを持つ手がじんわりと温かい。

月は世界が違っても変わらない、なんて陳腐な言葉を思い出し、苦笑がもれた。

おそらく人より多く世界を渡ってきたが確かに月はどこでも変わらない。

自身が生まれ育った現代に似た、神子たちの世界では尚更だった。

ラスボスを倒し、白龍の光に包まれたあの後、しばらくの現代生活を過ごしていた。

自分の生まれた世界でないとはいえ、久し振り現代、しかもクリスマスシーズンをのんびりまったりしていたかといえばそうではなく、がっつりしっかり迷宮に巻き込まれていた。

二度もラスボスを、しかもイン白龍の神子なラスボスとかチートにも程がある。

まだ思い出すのも嫌な記憶である。

そんなこんなで踏んだり蹴ったりな思いもしながら、やっとこさ平安組と共にここへ戻ってきたのだ。



ちゃん、」



翠の髪が月明かりに揺れる。

そう、



「景時さん、」



この人と共に。



「どうしたの?こんなところで」



風邪引くよ、と眉を下げるヘソさんに持っていた湯飲みを見せて笑う。



「お月見です、白湯ですけどネ」



ヘソさんは?と視線で問うと頬をかきながらいつもの笑顔を浮かべた。



「月が明るくてね」



目が覚めちゃったんだ、と髪をかきあげながら隣に腰を下ろした。

うむ。

着流しなのもあいまってその溢れ出るエロスにびびる。



「月が、綺麗だね」

「そ、う、ですネェ」



溢れ出るエロスにびびっていたのもあるし、月明かりに照らされたその横顔に見とれていたのもある。

でも一番はその言葉に反応してしまった自分が憎い。

勝手に唇奪ったり、一緒に生きるとか言いつつも確実な言葉を交わした訳ではない。

現代では神子たちにまたも嵌められクリスマスデートなるものはしたが、チート化したラスボス倒すのに一生懸命だったし、それどころではなかった。



「本当に、」



欲張りになったものだ。

勝手に世界を飛び回される事もなく、

生きたいと願う人と共に過ごす事が出来て、

命の危険もない。

ああ、本当に、



「月が、綺麗ですネェ」

「うん、とても」



臆病になった。

いや、それは昔から変わらないのだろう。

諦めた未来、

離しかけた手のひら、

伝えない言葉、

密やかに満ち積もる、

思慕、

恋慕、

激情、

吐いた息が白く溶けた。



「ねえ、 ちゃん、」



ふいにこちらを見たへそさんにひとつ心臓が大きく鳴った。

梶原景時という男はこんな顔をしていただろうか?

翠の瞳が私を射ぬいた気がした。



「俺さ、」



そっと髪を撫でる手は優しい。

壊れ物を触るかのようなその手付きに思わず目を閉じた。  



「死んでもいいよ、君となら」



一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

そしてその次の瞬間、音がなるほど勢いよく目が開き、不整脈のように心臓があっちこっちした。



「っ!!!!か、げ、時さん、うえ、あ、あの、」



一瞬のうちに顔面に血が集まったのが分かる。

月の明るさが忌々しい。

思わず取り落とした湯飲みがころりと縁側に転がった。

金魚のように口を開くしかない私にその男は悪戯っ子のように微笑んだ。



「前、譲くんに教えてもらったんだ」



あの純情眼鏡め余計なことを!

思わず歯噛みをしても頬の赤さは変わらない。



「あってた?」

「っ、そ、ゆー逸話も、あるみたいですネ 」



月が綺麗ですねと言われたら、

死んでもいいわと返すこと。

密やかな愛の言葉。

余計な事をと呟くが、眼鏡君なりの相方へそさんへのエールなのかもしれない。

いや、やっぱり余計なことを!



「ねぇ、 ちゃん、」

「っ、は、い?」



髪をそっと耳にかけられ、赤くなった頬と耳が露になる。

これ以上、私を暴かないで欲しい。

それなのに、

頬にかかる大きな手にも、

姿を映す翠の瞳にも、

寄り添う暖かな体にも、

抗うことができない。



「っ、!」



耳元でそっと囁かれた言葉に体を震わせた。

間近に迫る端正な顔を思わず睨み付ける。

間違いなく真っ赤であろう顔では効果はなさそうだ。



「そん、なに、言わせたいんですかっ?」

「・・・・ダメ?」



色気と可愛さをあわせ持つとか頼むからやめて欲しい。

唇を尖らせ恨みがましく睨み付けるがそれも無駄だろう。



「景時さん、」



諦めて笑う。

そう、私はこんなにも幸せになった。

手を離さずにいてくれた彼と、

今は離れた場所にいる彼女のおかげ。

困ったように眉を下げる愛しい男の首に腕を巻き付けた。





「死んでもいいわ」

 

貴方となら。


長い旅路が終わる。

そして始まる。

貴方と共に、







完結です!!

あんまり最強設定生かしきれなかった気がひしひししてますが、これにて完結です!←

ちょっと滾った時にクリスマスデートをちらっと書くかもです。

妹と妄想しているのは遥か6の黒神子さんになったらどうなるか?みたいな。

でもこれ以上夢主振り回すのは可哀想だし、へそさんと離すのも可哀想だし、いっそ天寿を全うしかけてるとこに白龍のお願いで若返り成り代わりトリップとか。

でもへそさん溺愛なもんだから恋愛物にならず、騙されたり閉じ込められたりせず、

神子ちゃんは白龍に頼まれたから助けてあげるけどあんた達の誰にも加担する気はないよめんどくさい、

とか言って喫茶店でバイトして人拾って代筆して、ゆるく巻き込まれゆるく暗躍します。

とゆー相変わらず誰得か分からない状態です(笑)

時間はかかったけれど、無事に幸せになってくれて何より♪

このままこっぱずかしいラブラブカップルとして、フードさんや赤毛スパッツなんかにいじられからかわれ、末永く幸せになってくれることでしょう(笑)

本当に読む人を選ぶ作品でしたが一人でも楽しんでいただければ幸いです。

これからも「日常茶飯」をよろしくお願いします。  かぁこ

               

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