「ごめんください」




ある時、裕介が一生懸命というか食い入るように細長い本のような何かを読んでいるのを見て、そう言えば、思い立ちました。




「あー!椎名の姉ちゃん!」




ミッタンさんよりご挨拶をしなくちゃいけない人がいた。




「椎名の姉ちゃんだー!」




そろそろ生理痛もしんどくなるし丁度いい。




「姉さん、どうしたの?」




小銭を持って学校帰りに極楽堂へ立ち寄ると案の定三匹が転がっていた。




「お店には普通お買い物にくるものでしょう」




この店に入り浸ってるのは君たちぐらいでしょう。

子どもじゃないけど、この店に入るのは勇気がいる。事前知識がなければ絶対入りません。




「すみません、鎮痛剤一袋ください」

「はいよ、三百円ね」




目の前には親父さんがしわしわの枯れ葉のような指で薬を取り出した。

白い袋は護符が書いてあることもあるアレ。

ファン的に物凄く興奮するけど、この薬を飲む勇気は持ち合わせていません。レアだけど。




「お前さんが、裕介の姉か?」

「はい、裕介がいつもお世話になってます」




親父さんに声をかけられちょっとビビりつつ頭を下げるといいタイミングでガラコがひひひっと笑った。

すごい。

本当に猫が笑った。

尋常じゃなくテンションが上がります。




「椎名の姉ちゃん、ここ怖くないの?」




リョーチンくんが大きな目をいっぱい心配を乗せて下から覗いてきました。

裕介じゃなくてリョーチンくんが弟なら良かったのに。




「みんながいなかったら絶対入らないですね」




リョーチンくんがいて良かったです。と足元にくっついている小さな体をぎゅーと抱き締める。

大丈夫、犯罪じゃありません。




「姉さんでもまともに怖いって思うことあるんだね」




そんな至福の時に、相変わらず可愛いげの欠片もない我が弟からの爆弾投下。




「どういう意味?」

「そのままの意味だけど?」




喧嘩なら買うぞ。お姉様舐めるなよ。とバチバチと火花を散らしたところで、いつも通りてつしくんからストップが入る。




「仲いいんだから、んなとこで喧嘩すんよなよ二人とも!」

「喧嘩は余所でやれ」




ついでにしっしっと親父さんに手ではらわれその場はお開きになった。

一緒にあげてんかのコロッケ食いに行こうぜ!とてつしくんの一声で皆バタバタと店を出る。




「   」




その時、聞き覚えのある音で呼ばれた。

なのに思い出せない、懐かしい音。

それはおそらく名前であったもの。

反射的に振り向くとガラコを膝に乗せた親父さんが薄目を開けてこちらを見ていました。




「慣れたか?この世は、」

「さあ、どうでしょう?」




思わず肩をすくめた。

迷い混んだ自覚は、ある。

それでも生きるつもりも、ある。

命あっての物種で、

この輝く命の塊のような弟たちに危ないことはしてほしくないけれど、

金森くんほど心配もしていない。




「後、八十年ぐらい生きてみない事には何とも」

「ひひひひ!強欲なことよ!」

「人間ですから。生をまっとうする事も本能でしょう」




世界が違えど、と暗に示せばもう一度ひひひひっと笑われた。




「精々、しがみつくがいい」

「言われなくとも。そうさせていただきますよ」




外からてつしくんの呼び声が聞こえる。

もう話すこともないでしょうと玄関を出ようとして思い立って振り返る。




「あと、あんまりうちの弟たちに危ないことさせないでくださいね」




レトロな玄関である暖簾をくぐり外へ出ると、




「お前も竜也と変わらんよ」




と笑い声が降ってきた。

大きなお世話です。
 





「何してたの」




待っていたらしい裕介がこちらを見る。

二人はその先にいて背中が遠い。




「世間話」

「親父と?」




不審げな裕介の頭を珍しく乱暴に撫で、二人の後を追う。

どーせ、心配性のブラコンですよ。

自覚はあるのでほっといていただきたい。

もう極楽堂に来ることはあるまいと思っていたのに、三人に強制連行され常連化するのはまだ少しだけ先の事。




「・・・・どうしてこんなことに、」

「姉さん友だちいないんだから、いいじゃない」







仲がいいのか悪いのか。
地獄堂に入り浸る女子中学生には友だちができない気がします(笑)

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