空気が変わった。
世界を渡ったその瞬間。
感じるのは、死の気配。
突然現れた私たちを取り囲む、黒く、杖を持つ狂人たち。
なるほど。
話は終わってからだわね。
アイコンタクトの必要もなく、私とおかっぱ魔族は戦場に躍り出た。












シスターは魔法学校の世界でも生きていた?










「なるほど」




命知らずの数名を薙ぎ倒し、恐慌状態で杖を振り回す阿呆共を蹴散らし、逃げる愚か者を叩きのめして数分後。
私は鋭く舌を打った。




さん、ここをご存じなんですか?」

「記憶に間違いがなければね。また初期の頃に来た世界よ」




まだ幼く弱い三回目程の転移だったか。
嫌々魔法学校に通い、悪戯四人組たる悪タレを叩きのめし、生活魔法ばっかり好んで使う問題児が、嫌々教鞭をとり、救えなかった級友と馬鹿級友と共にいた魔法学校。
え?もちろんスリザリンでしたけど。
あのボロ帽子はまだ無事だろうか?
周囲を見渡せば、あの頃の面影はなく、瓦礫と死体と腐臭に満ちている。
ここは戦場だ。
もう一度舌を打って、円を拡げて気配を探る。
何百年ぶりかの懐かしい気配が、弱い。




「あの馬鹿野郎が」

さん?」




腐れ縁からの問いには答えず、影分身を一体作り出す。
それを教鞭をとっていた頃の年にし服を着せ、杖を渡す。




「いらないわ」

「何故?」




三十路を過ぎた私が肩をすくめてその辺に落ちていた棒切れを手に取った。




「こちらの任務は、級友、元生徒の救出でしょう?そちらの任務の方が余程骨が折れるわよ」

「確かに」




手にした杖をぎゅっと握るとミシリと嫌な音を立てた。

「馬鹿は死んでも治らないらしいものね」

さん、どちらへ?」

「ちょっと馬鹿を絞ってくるわ。ゼロス、あんたは好きにしてなさいな。多分、鼻が削げてる一人称俺様のクソハゲ頭のところにいくと胸くそ悪い負の気が吸えるわよ」

「それオススメされてるんですか?」

「魔族の好みはわからないもの」




人手が足りなかったら影分身を増やすこと、こちらに負荷が多すぎればおかっぱ魔族をこき使うという作戦を立て散る。
当の本人の苦情は聞き流し、全力で現場に向かう。
馬鹿な話をしている今この時も少しずつ弱くなる気配。




「せっかく、人が全力でフラグへし折ってやったのにあの馬鹿!」




飛ぶように走れば近づく距離。
目の前の壁をぶち破れば、壁にもたれ掛かりながら首筋から血を流し、涙を流す男。
本当に馬鹿だ。




「誰だ!!」




悲鳴を上げながら杖を向ける教え子赤毛を無視し、馬鹿に駆け寄る。




「速いっ!!」




まあ、私が本気で駆け寄ったら見えない速度でしょうね。




「スネイプ先生に触るな!」




立ち塞がる教え子眼鏡。
ええい、面倒くさい。
ぺいっと腕ではねのけ結界を張り治療に取りかかる。
何が、僕を見てくれ、だ。まったく。
拗らせすぎだ。
気持ちは分かる。
友を救えなかった弱い自分を詰る気持ちも分かる。
同じ思いをしたのだから。
それを千年以上も持ち続けている私も異常か。
いや、私は久しぶりに思い出した感傷が痛むのだ。
血を流しっぱなしの死にたがり野郎とは違うのだ。




「やめろ!スネイプ先生に何をする気だ!!」




何はともあれ毒を抜く。
それと同時に血を戻し、傷を癒し、止まりかけの心臓を動かし、空気を送り込み、
ちっ、でかい貸しだぞ真っ黒黒助め。




「無理だよ!ハリー!この女何者だ!!?」




水が足りない、器具が足りない、薬が足りない、時間が足りない。
言い出したらキリがない。
無い物をねだってどうする。
今、この場で全力を出すのみ。
手を出さなきゃ死ぬし、
手を出したところで、駄目な時は駄目だ。
一級フラグ建築士であるらしい級友はへし折ったフラグをわざわざ建て直したらしい。
腕の刺青も消してやる。
忌々しい。
そんな馬鹿が生きる可能性が多少増えるだけの話。
死んだらそれまで。
某地獄の鬼に絞られればいいさ。
その前に私にここまでやらせた貸しを返してもらう。
絶対に許さない。




「・・・・・・・・もしかして、 、先生・・・・・・・・?」

「え?」

「何だって!?」

「正解。グリフィンドールに五点だ。ミス・グレンジャー」




思わず昔の口調を思い出し口の端をあげる。
それでも視線はやらず手も止めない。
まだ死の端から戻ってきていないのだ。




「嘘だろう!!?だってこの子は俺たちより年下だろう!?」

「東洋の魔女は見た目が幼いって言うじゃない!」

「そんな! 先生は突然消えたじゃないか!シリウスが、死んだ時に・・・・!!」




ウエストポーチから水を出し、毒を抜く。
ナギニの血清はないが、似た物ならある。
これで、一時を凌いでくれればいい。
増えた影分身が大蛇の毒を使って血清作って間も無くここに着く。
汗を拭いながら口を開く。




「あいつ死んでないよ。私の部屋で時間停止かけて締まってあるから後で出しとく」

「え!!?」

「嘘だ!!!だってシリウスは目の前で!」

「うん、煩くて仕方がなかったから一応野放しにしたけど、目の前で死ぬ直前にすり替えといた。そのせいで飛ぶはめになったんだ。よく覚えてる。私以外開けられない箱の中。念とチャクラでガチガチだから壊れてないと思うよ」

「う、そ、」




流れた血が多すぎる。
体に負荷はかかるが仕方がない。
増血剤を二、三個口に含み噛み砕いて口移しで無理矢理飲ませる。
丸薬も同じように。
言葉を失った元生徒を無視し治療を続ける。




さん、お届け物です♪」

「うわっ!!」




赤毛の悲鳴を華麗に無視し糸目魔族が顔を出した。
すぐさま血清を手に取り血管へ流し込む。
注射器なんてないので全てチャクラと念と杖の共同作業だ。
流石に疲れる。




「他のはどうしたの?」

「死にかけてた双子さんと狼さんとその奥さんの救出に向かいましたよ」

「な!!」

「う、そ!!」

「先生!本当ですか!!?」




顔面蒼白の生徒たちの悲鳴を聞き、少量の丸薬と増血剤を放り投げる。
上手に受け取るのは教え子天パー。
流石秀才。




「それ、向こうで動いてる私には渡しておいて。危なかったら君たちが使ってもいいし」

「向こうの、 先生?」

先生!シリウスの事、本当なんですか!?」

「ハリー・ポッター」

「っ」




治療の合間、真名を呼ぶ。
体を震わす青年。




「ロン・ウィーズリー」

「っはい!!」




こちら先生に叱責される生徒のように。




「ハーマイオニー・グレンジャー」

「はい!!」




こちらはキリリと昔と変わらず。




「今、君たちがする事はなんだ?」




驚いたのは一瞬だけで、緑の瞳が煌めいた。




「ヴォルデモートを倒すことです!」




赤い髪ののっぽな彼が涙ぐんだ瞳を腕で拭った。




「家族を、みんなを守ることです!」



長いふわふわとした髪が利発な瞳を際立たせる。




「この戦いを終わらせ平和を勝ち取ることです!」




この時、私は初めて三人を見た。
大きくなったこと。




「行っておいで。健闘を祈る!」

「「「はい!!!」」」




走っていく三人を見送るとまた治療に戻る。




「大丈夫なんですか?あの子たち」

「大丈夫よ、主人公なんだから。それにしばらく見ないうちに大きくなったしね」

「しばらくってどのくらいです?」

「さぁて、千年は昔かしらね?」




軽口が叩けるのはこの育ちすぎた蝙蝠に血の気が戻ったから。
級友も元生徒もギリギリで救えたと一報があったから。
時間停止で閉じ込めたクソ犬を叩き起こしたと報告があったから。
取りこぼした物は大きい。
それでも救えた物も小さくない。




「さて、」

「どこに行くんです?」

「これ、救護室に置いてきたら、ちょっとお礼参りでもと思って」

「はい?」




汗を拭いぐるりと腕を回す。




「ここまでやったらいつ飛んでもおかしくないもの。思い残すことがないように元凶をタコ殴りしに行くのよ」

「それってあの子たちの役目じゃないんですか?」

「もちろん、それぐらいは残しとくわよ。ただ、私の物に手を出したらどうなるか、教え込ませる必要があるでしょう?」

「流石 さんですね!名前を言ってはいけないあの人よりも余程えげつないです!」




どかばきぐしゃぐしゃぷち!




「気が立ってると手加減が難しいのね」



千年以上生きても発見はある。
日々これ研究である。
時間は短い。
それでも最後に懐かしい顔が揃うところを拝めれば、この苦労も報われるというものだ。













オマケ




「・・・・僕を、見てくれ・・・・」




緑の瞳が自分を見つめる。
そこに映る、随分とくたびれた男の姿。
ああ。
息が漏れる。
体が重い。
目が霞む。
こんな自分を見たら、彼女は何とか言うだろう。
いや、彼女に言葉をもらう資格など我輩はないのだ。
もし、誰かが声をかけるとするなら、
そう、
もし、
あの女が、ここにいれば、



「馬鹿な感傷に浸ってないでさっさと起きなさいな」




相変わらず愚図ね。
と耐えれない嘲りに目を見開く。



「誰が愚図で誰が馬鹿が!!我輩を馬鹿にするのもいい加減にしろと何度言ったら」




わっと歓声がわく。
視界の端に駄犬が複雑な顔で涙を堪えているのは気のせいか?




「地獄か、ここは」

「地獄はもっと素敵なところよ、気のいい鬼がいっぱいいるわ」

「何故そんな事が分かるんだ」

「行ったことあるもの。日本のだけど」




見上げると随分若い級友の姿。




「・・・・いくらなんでも若作りし過ぎじゃないか?」

「もう一度息の根止めてもいいのよ?」

「わー!!! 先生落ち着いてー!!」




分かりやすく額に青筋を立てる女を止めるウィーズリー。
これは、本当に?
夢でなく?




・・・・?本当に?」

「つねりましょうか?肉が千切れるかもしれないけど」




そっと、恐る恐る女に手を伸ばす。
数年前、別れたよりもっとずっと小さな体。
新入生と言われても違和感がないが、確か、五年生辺り姿のようだ。
すっぽりと腕に収まる。




「何故・・・・?」

「何故助けたなんてほざいたら本気で叩き潰すわよ」




今、疲れてて手加減効かないなら、それでいいならかかってきなさい、と物騒な事を平然とした顔で言う。
間違いない。




「何?」

「生きていたのか」

「死にかけてたのはあんたよ」

「あの犬はどうした?」

「しまっておいたの」

「余計なことを」

「あんなんでも友だちは多い方がいいでしょう?ただでさえ少ないんだから」

「余計なお世話だ!」

「そうよ、余計なお世話をしにきたの」




また行くわ。
そう行った彼女の体をぎゅっと抱き締める。




「いつだ?」

「さあ?」

「・・・・また会えるか?」

「あんたが生きてたらね、セブルス」

「では、誓うとしよう」

「あんたの人生、それで滅茶苦茶になってるんだからいい加減やめたら?ソレ」




クスクスと笑う小娘を離すものかと抱き締める。
仕方ないなあと、彼女に呼び寄せるマジックアイテムを渡されるまで、抱き締め続けていたのだった。

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