ハクが中学生になりました。




手紙と共に送られてきた学ラン姿の写真にマジで鼻血を噴いた事は、

墓場まで持っていく秘密にします。





琥珀くんと私。





衝撃の運動会から約一年間。

ハクは中学一年生に、私は大学院生になった。

なんてゆーか、大学院、忙しい。

ずっしりと肩に掛かった鞄から資料がはみ出ているが気に出来ない。

こんなことを気にするくらいなら家に帰ってご飯を食べてお風呂に入って寝たい。

服だって実習途中の白衣でうろうろなんてするもんか。

実習棟と教室が何故繋がっていないのかと呪うこともない。

真面目に大学院舐めてた。

大学院ってゆーか研究所が忙しい。

うちの研究所、何か知らんが変人が多い。

先輩とか同級生とか教授とか、人間、何かを極めるとこうなるんだな、というかオタク?環境オタク?と踏み越えちゃった人が多い。

他の大学院は違うのかな、沸騰した脳味噌で考えていた時だった。





「千尋!」

「ハクの幻覚が見える」





近道の為に通った正門近くの煉瓦道でハクを見た。

しかもご丁寧に学ランまで着ている。

とうとうここまで来たか、とベタついた顔を拭った。

一週間家に帰ってない。

お風呂、は、うん、三日前に頭は洗った気がする。

幻覚だとしても、もっとまともな時に会いたかった。





「いや、まともな時には幻覚は見ない、な、うん」

「幻覚じゃないよ、千尋」





ハクの幻覚が目の前まで来ていた。

酔っぱらいが皆それを否定するように、幻覚だってそうなのだろう。





「もう、千尋ったら」





幻覚学ランハクは少し苦笑して私の手を握った。

暖かい。





「ね?幻覚じゃないだろう?」





私の手を自分の頬に持っていき擦り寄るようにしてはにかむ、ハク。





「溶けるっ!!」

「わ、溶けないで、千尋」





萠の温度が突然あり得ないほど上がったので脳みそが溶けるかと思いました。





「え?え?え?ホントに、ハク・・・・?」





脳みそが追い付かない。

思わず馬鹿みたいに口を開けた。

そんな私などお構い無く、ハクは花のかんばせを綻ばせている。

本物だ。





「部活の大会が近くであって、少しだけ自由時間があったから」

「大会って弓道の?」





背負っている長い何かを指差すとハクはにこりと笑って頷いた。

本物の、ハクだ。





「会えないかと思ったけど、せめて千尋のいる場所を見てみたくて」





そう微笑むハクは天使にしか見えない。

頬に置かれた手がじわりと熱くなる。





「会えて良かった、千尋」 

「わ、わた、しも、」





動悸が激しくて上手く言葉が出ない。

もどかしくてもどかしくて、両手でハクの頬を包み込んだ。

背が伸びた。

ほとんど目線が変わらない。

いつまでも変わらないビー玉みたいなその瞳に引き寄せられて、コツンとおでこをぶつけた。





「あいたかったよ、ハク」





待っていた十年よりももっともっと、

逢いたくて焦がれて辛くて、

日常に終われてくたくたになったって、

思い返すのは君の事。





「千尋、」

「ハク、」





耳を通るハクの声が嬉しい。

きっと、もう少ししたら声変わりもして、

きっと、もっと素敵な男性なる。

きっと、誰も彼が君を放っておかないだろう。

その時胸を張って彼の隣にいられるといいのだけれど。

じわりと喜びと不安が言葉にならなくて視界が滲んだ。





「千尋、あの木陰に行こうか。みんな見てるしね」

「ってぅわぃっっ!!!」





ハクの言葉でやっと思い出した。

ここが公共の場で、尚且、自身の学校だということを!





「し、しぬ・・・・!羞恥心でしねる・・・・!!」

「死んじゃだめだよ。せっかく会えたのだから」





本気が冗談か知らないが恥ずかしさで前も見えないような私をさらりと慰めながら木陰にエスコートする。

周囲?見えない見えない!

お願いだからいないで研究チーム。

中学生にすがって半泣きの大人はアウトだと思う。

どんな関係性だ!生き別れの弟か何かか!





「それに、」

「?」





木陰にたどり着いた私のべったべたの前髪をさらりとかき上げてハクが笑った。

いつものビー玉みたいな目からゆるり、と溢れる何か。





「わたし以外に千尋の泣き顔を見せたくないしね」

「っっっっ〜〜〜!!!」





羞恥心は羞恥心でも違う意味で顔に血が上る。





「そんな可愛い顔、誰にも見せちゃだめだよ?」





どこで、そんな台詞を覚えてきたんだ君は!!と、口が動く前にハクが少し背伸びをした。





ちゅっ





「な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、!!!」





年上の威厳はどこへ行ったのだろう。

唇の触れたおでこを手で押さえ、木を背もたれに荷物ともに地面に崩れ落ちた。

パクパクと、開いた口が塞がらない。

本当に溶ける。

もう死ぬ。

駄目かもしれない。





「ふふふ。千尋、可愛いね」





逢いたくて、焦がれて焦がれて、辛かったのは、

私だけじゃないってこと。






「って、離れて!離れて!!私!今!相当汚いから!!臭いし!!」

「嫌だ。せっかく会えたのに離れたくない」

「い、や、そりゃ、私も、だけ、ど・・・・」

「会いたかった、千尋」

「私も、会いたかったよ、ハク」





木陰で二人で座り込むと、あの夏の日が通り過ぎる。

植え込みで縮こまって油屋を覗いたあの時。

いつでも思い出す。

君の事を。





「・・・・・・・・また、頑張れる」

「・・・・・・・・わたしもだ」





 

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