真っ青な、どこまでも続く青い空。
真っ白な雲が、ふわふわと浮かぶ。
きゃいきゃいと子ども特有の甲高い声が辺りに響く。
荻野千尋二十二歳。
デジカメ片手に、ハクの体操ふ、否、運動会の勇姿を撮影に参りました!
琥珀くんと私。
事の起こりはつい二週間前。
「運動会?」
「日曜日なんだけれど、千尋に応援に来て欲しいんだ」
滅多に会えない私たちは、たまには電話だってする。
ハクに携帯持ってくれと切に願いつつも、やっぱ小六には早いんじゃ、とか、その電話代はやっぱご両親持ちになるし、とか思うとそんな我が儘は言えない。
ドキドキしながら家電にかけるか、ハクからの電話をひたすら待つか、まあ私たちの電話事情はともかく、
「日曜日かぁ」
パラパラと手帳を確認しながら脳内を探る。
進路の決まった大学四年生なんて暇なものだ。
しかし、院生を目指している自分としてはやりたい研究とやらなきゃならないレポートと、
「ダメ?千尋・・・・」
「絶対行く」
耳元で聞く可愛いハクの可愛いオネダリ。
私の理性はあっさり陥落し、一日休みをもぎ取る為の、怒濤の二週間が始まったのだった。
だから勿論、
「千尋、こっち!」
こんな事になるなんて予想もしていなかった。
「こんにちは、初めまして!」
「初めまして、千尋さん」
いや、よく考えれば、よく考えなくても分かる事だったかもしれない。
「私の両親だ」
どうしても千尋に会わせたくて、というハクの言葉は右から左にすり抜けた。
あのハクが珍しい我が儘を言った事。
運動会なんて家族イベントに決まってんじゃん!と私の中の私が絶叫しているが、それはともかく、
「荻野、千尋です」
ビニールシートにも乗れずそのまま地面に両膝をついた。
「二十二歳、大学四年、環境学を専攻しています」
日本における最高礼をしかけて、人前である事を思い出して体を止める。
「大切なご子息を無断で連れ回していたこと、大変申し訳ありません」
目立ってはいけない、と押し殺した声が出た。
これも十分怪しいかもしれない。
でも、顔を上げる事が出来ない。
ハクのご両親の顔もまともに見ていない。
せっかく、せっかく会えたハク。
人間にまでなってくれたハク。
それが、今、これで、全て駄目になってしまったら?
「大丈夫だ、千尋」
暖かな声が耳を打つ。
小さな、けれど力強い両手が私の肩を掴んで前を見せる。
ずっとずっと前から私を守る、私の竜。
私の大切な大切な男の子。
「父さんも母さんも全部知っているから」
「・・・・え?」
「私が人でなかった事も、ずっと千尋を探していた事も」
「・・・・え」
隣を見ればあの頃と変わらない澄んだビー玉のような瞳。
「え?」
目の前にはにこにこと微笑ましそうに笑う初老の男女。
「えーっ」
絶叫しかけてギリギリのところでがばっと口を押さえた。
落ち着け私、公衆の面前であるぞ。
「ど、ゆ、こと?」
ほぼ涙目の私をビニールシートに座らせてお手拭き持たせてお茶を飲ませてお握り取っておかず取り分けて、
そんな女子力の高さを見せつけながら体操服姿のハクの言うことはつまり、
「夢枕に立ったと」
「うん」
湯婆の元を離れたものの、どうしたらこちらで暮らす事が出来るのか。
銭婆に助言を貰い、人の子として生きる事を決めた。
そこで、子どもがなく、心の清いこの夫婦を選んだそうな。
「昔話かっ!」
坊や良い子だねんねしな、か!
熊の子見ていたかくれんぼ、か!
「本当に昔話みたいだったわ」
思わずツッコミを入れた私にハクのお母さんがころころと笑った。
「突然白い竜が夢に出てきて、子どもは欲しくないかって聞くのよ?」
人拐いか。
間違ってはいないだろうが、それは大変誤解を生みそうな発言だと思ったが、流石に今度は口に出せず彼女を見て相槌を打つ。
「それで思わず、子どもは欲しいけれど、他所の子は貰えませんよって」
「人拐いか!」
しまった、我慢し損ねた。
「違うよ!私も必死だったんだ」
そう口を尖らすハクが、本当に子どもに見えて、
「あれはびっくりしたなあ!朝起きて二人で顔見合わせて開口一番、息子が出来るわねって、夢じゃなかったもんなあ」
豪快に笑いながらガシガシとハクの頭を撫でるその手は、乱暴に見えてたくさんの愛に溢れていて、
「すっかり大きくなって、て、あれ?」
「千尋さん?」
「千尋?」
「ご、・・・・ごべんなざい、」
年のせいか涙腺が緩くなって、と冗談も言えないほど号泣していた。
ハクが幸せで良かった。
ハクが愛されていて良かった。
私たちの事を否定されていない事にも安心したけれど、
それより何より、
こんなに優しい人たちがハクを愛してくれていて、
「よかった、ハク」
涙でよれた声は言葉になっていなかったけれど、ハクがぎゅっと私の手を握ってくれた 。
暖かい手のひらが私の涙を余計に誘う。
「だから、どうしても千尋に会わせたかったんだ」
びっくりさせてごめん、と言ったハクは少し眉を寄せて、とんでもなくセクシーだった。
「うーん、わが息子ながら手が早いなあ」
「何言ってるのあなた、このくらい序の口ですよ序の口」
「ぎゃあ!」
公衆の面前の前にご両親の御前でございました。
ち、違います!イチャついてません!え?大丈夫だよね?ダメ?ギリギリアウト?え?でも本当に違うんです!手ぇ出してません!てか出しません!ちゃんと成人するまで待ちますってゆーか、我々本当に清い交際中ですから!プラトニックですから!私が勝手に盛り上がってるだけで手繋ぐくらいですから!ちゅーもしてませんからぁぁぁあああ!!!
「千尋さん」
「はひ!」
久しぶりの大混乱で変な声が出た。
否、脳内を駆け巡った言葉がポロリしてないか大変不安だ。
そういえばハクと繋ぎっぱなしの右手が汗だくになってるから離してプリーズ。
「琥珀が、探していた女の子が、貴女で本当に良かったわ」
「私たちが知らない琥珀の事を教えてくれるかい?」
そう笑った彼らは本当に暖かく柔らかで、
また泣き出した私に、困ったもんだと笑ってくれた。
「じゃあ、会った時は千尋ちゃん十歳だったの?」
「あ、はい」
「そこから十年待っての再会って、凄すぎるな」
「待ってよあなた、だって千尋ちゃんは琥珀が人間になるって知らなかったわけじゃない?」
「あ、そうですね」
「じゃあ何か?会えない可能性も会ったわけか?」
「あ、そうで」
「そんなわけないじゃないあなた、運命よ!」
「おおお!!」
「・・・・ハク」
「・・・・ごめん、本当に楽しみにしてたみたいで、」
「・・・・運命、だって、」
「・・・・運命、だからね」
「・・・・うん」
握った両手を離さないと誓った日から、
おそらくあれは運命だった。
「ほら、ご覧なさい、運命よ」
「確かに運命だ」
「ぎゃあ!」
「母さん!父さん!」
拍手再録です。
ひ、久しぶりすぎる。