様々な過去があって、
私。
これからの未来があって、
私。
背が伸びて、
髪が伸びて、
体が変わって、
あれから十年がたった。
油屋と私。
また夏がやってきた。
「・・・・ふぅ」
川辺の空気を拾いながら、暑い風が頬を撫でる。
止まらない汗を拭いながら木陰へ逃げ込むと、濃い緑の匂いが鼻をくすぐった。
「あっつ・・・・」
高い位置で結んだ毛先が首に貼り付くのを鬱陶しく感じながら、きらきら輝く川面を眺めた。
あれから、
あのトンネルを抜けてから、
私が一番にしたのは、琥珀川の上流を調べることだった。
源流は辛うじて綺麗なまま保たれていたが、上流はほぼどぶ川に近い状態だった。
その川を毎週日曜日に掃除を始めた。
電車片道一時間半かかるその場所に毎週毎週通っていると、まず両親が協力してくれた。
「千尋、あんたあんな遠くまで何してるの?」
「ゴミ拾い」
「そんな遠くの川にわざわざ行かんでも」
「私も行こうかしら?」
「母さん!?」
「いいわよねぇお父さん?」
「あ、ああ、うん。はい」
両親の力関係を垣間見た瞬間だった。
ともかく、両親の協力を得て毎週毎週掃除に行き半年程たつと、今度は地元紙に取り上げられ、地方テレビ、と話題は広がった。
「どうしてわざわざこの川を掃除するのかな?」
「昔この辺りに住んでて、でも思い出の川は埋め立てられていて・・・・これ以上、川を、地球を汚したくないんです」
見事、川を掃除する健気な女の子、は評判になり協力者も増えた。
そのおかげで他の川も掃除出来るようになった。
中学に上がるころには母がNPOを立ち上げ、何ソレ母さんちょーすげぇ!なんて顎が外れかけたが、まあこちらは軌道に乗ったといえる。
そしてもうひとつ、帰った時から私は死ぬほど勉強し始めた。
大学入試の問題が解ける小学生ともてはやされ、こちらもテレビ取材など来たが、川関係以外は全て断りを入れた。
高校入試は勿論、某有名大学も見事一発合格で、私は今、地球環境を専攻する現役大学生だ。
「あ〜ついなぁ」
蝉の音が耳朶を打ち、汗が背中をつたって落ちる。
夏真っ盛りだ。
そんな怒濤に過ごした十年の中で、少しずつ、前世の記憶は消えていった。
二十歳過ぎたらただの人とはよくいったものだ。
今ではもう、名前すら思い出せない。
「ハク・・・・」
それでもいい。
だってあの夏の事は全て覚えているから。
忘れた前世も彼との絆を守るものだと信じている。
銭婆のくれた言葉も髪飾りも色褪せる事はない。
私は私の出来る事をするだけだ。
「ね、おばーちゃん」
髪を解き、髪飾りを見るときらりと輝き返事をくれた。
もう一度きちんと縛り直すと空を見上げた。
「ハク」
時に、虚しくなる事がある。
掃除をしても掃除をしても、一向に綺麗にならない時。
どんなに掃除をしても、これは彼の棲みかでないのだと思う時。
勉強しても勉強しても、夢の先はまだまだ遠いと感じる時。
本当に勉強してハクを救えるのかと自信がなくなった時。
「会いたいなあ」
そんな時はあのトンネルの近くの川に来る。
この川は彼の川じゃない。
それでも、あのトンネルの向こうにつながっている気がして。
そうして鬱々とした気分を流すのだ。
大学生なんてまだスタートラインにも立っていない。
もっと勉強して世界を知って、
私は、彼を救うのだ。
「まだまだ、これからだ」
そう呟くと爽やかな風が髪を揺らし、子どもたちのはしゃぐ声が穏やかに流れていった。
そう、まだまだこれからだから。
川面は相変わらずきらきらと輝いている。
私は、まだまだ頑張れる。
「うっし!」
気合いを入れ直したところにメール着信音が流れる。
見れば大学の友人のやけにはしゃいだ遊びの誘いだ。
夏にはしゃぐのは小学生だけではないらしい。
可愛らしいものだと薄く笑いながら丁寧に断りのメールを送る。
私も変わった。
いや、変われた。
昔の私なら、友人なんて一人もいなくて、そんなもの必要ないと強がって、結果鬱々と過ごしていただろう。
産まれた事を愚痴りながら、呪いながら、一生を過ごしただろう。
「ふふっ」
全て全て、ハクのおかげだ。
ハクと出会えた時、こんな私を見たら、きっと悲しい顔をする。
自分のせいだって、優しい竜は自分を責める。
ハクと会えた時、誇れる自分でいたい。
だから、全部全部、ハクのおかげ。
「ん〜!」
伸びをすると向こう岸にランドセルを背負った子どもたちが見える。
登校日だろうか?
皆、真っ黒に日焼けして元気に走り回っている。
「ん〜若い若い」
私が小学生の時は決してあんな感じではなかったのできっと若さは関係ない。
「さぁて、と」
重い腰を上げてそろそろ家に帰ろうか、日差しの激しさにげんなりしながら足を踏み出した、その時だ。
「 」
聞こえた名に、聞き覚えはない。
それでも振り返らずにはいられない。
強くなく、弱くもない。
ただ静かに呼ばれた音。
それは、間違いなく、いつかの私の名前。
「ハ、ク・・・・?」
変わらないおかっぱ頭、
ビー玉のような瞳、
そして、
背中にどどんとランドセル。
「〜〜〜〜〜っ!?」
何ソレ何ソレ何ソレ何ソレっ!!!!
ちょっ!ランドセルておま!
半ズボンて犯罪か!って犯罪者は私か!!
「ようやく、会えた・・・・」
思わず腰砕けになった私に構わずそれはもう天使のような微笑みでランドセルを背負ったハクが私に近づいた。
「人に、なったんだ」
ランドセルと膝小僧が眩しい。
ちなみに私はまだ両膝と両手を地面につけて最早お馴染みのポーズから立ち直れないでいる。
「これなら、千尋と同じ時を過ごせる。銭婆が教えてくれたんだ」
きっと、彼が、神である竜の彼が、魔女の弟子でもなく人何かに身をやつすなんて、相当の葛藤と覚悟があったことだろう。
「ハク・・・・」
先に言えよ銭婆食えないババアだな、とか、ハクが竜でないから川掃除意味なくない?とか、何故あえての転生か!とかまあいろいろ言いたいことはあれどもいろいろ思いすぎて口から出ない。
とりあえず、
「今何歳?」
「十だ」
昔の千尋と一緒だな、と笑うハクにメロメロです。
「十歳差・・・・」
とりあえず、今手を出せば性犯罪者になることと、婚期が遅れたことだけは分かる。
「千尋?」
でも、また会えた。
生涯処女予定だったのでラッキーといえばラッキー。
「十年、いや八年、か・・・・待てるかな、私」
そこは待っとけと大変良心的な自分がツッコミを入れた。
「いけなかった?わたしと、会いたくはなかった・・・・?」
「まさか!」
しゅんとした小学五年生の両手を取り、コツンとおでこをくっ付けた。
「私のしつこさをお舐めでないよ?まだ五十年は待つつもりでいたんだもの」
会いたかったよ、ハクと告げるとそれこそ花のようなかんばせでハクが笑った。
「今は、琥珀というんだ。天宮琥珀」
でも、千尋にはハクと呼んで欲しい、なんて目と鼻の先で言われたのに襲い掛からなかったのは一重にランドセルのおかげだ。
「千尋」
本当に、人生何が起こるか分からない。
時に苛々してそっぽを向いて、世界というその大きな何かに当たり散らしたくなる時もあるけれど、
「やっと、一緒にいられる」
「ハク」
これからの人生が、これでハッピーエンドになった訳じゃない。
大学を出て私がどうするかは私が決めることだし、せっかくだから地球環境の第一人者になるのもいい。
「ありがとう、会えて本当に嬉しい」
辛いことも悲しいことも山のようにあるのが人生だって、私は知っている。
でも、そんな人生をより良く、より楽しく生きていくのは私たちの使命にも似たもの。
「できれば、これからもずっと一緒に」
そこにハクがいれば私はきっともっと楽しい、嬉しい、そして幸せだ。
「勿論。ずっと、共に生きよう」
ハクも、そう思ってくれることに最大の感謝を、
そして、
(ハクのご両親になんて挨拶すりゃいいんだろ・・・・?)
私の人生はまだまだ続く。
完全なる捏造と妄想100%の後日談ですが最後まで読んでいただきましてありがとうございます!
人生そんなに甘くないのはそろそろ三十路、百も承知ですが、夢ぐらい甘くてもいいよね!
といいつつ、夢主この二十年多分苦しみながらもがんばったので許してください。
しかしこの後違う苦しみが彼女を襲います(笑)
一応これで完結ですが、年の差カップルせんちひが気になるのでたまに書くつもりです。
それこそ、ご両親との出会いや、中学生高校生のハクが非常に気になります(お前がか!)
JCやらJKに怯みつつハクへの愛は小娘らより深いんじゃボケー!と啖呵を切ってくれることでしょう(笑)
てゆーかハクの人間の名前が思いつかずあんなことに・・・・(恥)どこの中二だ。
いろいろツッコミの多い作品でしたでしょうがここまでやってこれたのも一重に、皆さんがいっぱいぱちぱちしてくださったおかげです!初めての完結作品ですしね!
書き始めたときは、まさかこんな青臭い(笑)話になるとは思いもよりませんでしたが、それはともかく、少しでも皆さんの慰みになれば幸いです。
今までどうもありがとうございました!これからもぜひ『日常茶飯』をご贔屓にv 管理人 かぁこ