ガタンゴトンと揺れる電車。

暮れていく藍色の空。

乗客は私と蝿と子ネズミとカオナシと、

半透けの黒い人影。



うん。怖いから。
 







油屋と私。








銭婆への道すがら、ずっと考えている事があった。

本当は名前を、荻野千尋以前の名前の取り戻し方を聞くつもりだった。



今は違う。

それよりも知りたいことがある。

前の名前なんていらない。

それにすがらなくても、もう私は生きていけるから。





「今晩、銭婆さん」





いらっしゃい、と朗らかに笑った湯婆婆と同じ顔の彼女に、挨拶も契約の判子の謝罪もそこそこに私は話を切り出した。





「棲みかを無くした竜神と、共に暮らす方法を知りませんか?」

「・・・・ほう?」





細められ、鋭く光った眼光に、あの魔女は恐ぇぞ、と釜爺の言葉が耳に響いた。



 

 









目の前に置かれた紅茶が良い香りは鼻をくすぐる。

一口飲めば、知らない間に強張っていた肩の力がすとんと抜けた。





「そう・・・・あの竜を愛しているのね」

「あ!いっ・・・・はひ」





抜けたと思ったらまた力んだお陰で舌を火傷した。

何か、こう改めて聞かれると困るっていうか、一緒に生きるみたいな、愛っちゃ愛だしえろえろなことしたいかっちゃーしたいし、いやいや将来的にだよ?

そりゃ将来的にはさ、双方大人になったらね、って神様はそーゆー年の取り方はしないのか?

大人バージョンのハクなんてっ鼻血が止まらない!

いやいやちっさい方だって全然大丈夫、






「って何の話だ私!」

「チュウ?」

「若いわねぇ」





すごいまったり笑われた。

それはともかく、





「竜と生きる、ね。竜は優しい。優しく愚かだ」





湯婆婆と違い慈愛を含んだ大きな瞳がゆっくりと閉じられる。

ヤカンがしゅんしゅんと音を立てていた。





「そして、人間は儚く脆い。お前が死ねば、はたまた、心変わりでもすれば、あの竜は生きてはいけまいて」





それだけの覚悟はあるのか、そう問われたのだ。

自分の身勝手でハクを人間の世界に連れていく。

神の国にいれば安全に暮らせるかもしれない竜神を、わざわざ消滅の危険を犯して連れていく。





「・・・・でも、それでも、」





私はきゅっと唇を引き結んだ。

私は彼と出会った。

偶然か、必然か、

そんな事には興味がない。

私たちは出逢えた。

それが全て。





「共に生きたい」





私がこちらに残る事も考えた。

きっとその方がハクにとって生きやすいはずだ。

でも、ハクは優しい。

そしてきっと愚かだ。

私がハクの為にここに残ったと、ヒトとして生きることをやめたと、きっと悲しむ。

無論、私としても人間やめたいとは思わない。

これが三日前なら違ったかもしれない。

だらだらと惰性で生きていたあの時ならば人間やめるなんて簡単だったろう。
 




でも今は、

腐り続けた十年間。

無駄に過ごした十年間。

やっとやりたい事が見つかった。

ハクと、一緒に生きていきたい。

そんな世界をつくりたい。





「私はまだ、あの世界で出来ることをやってないんです」





ハクの為に出来ること。

私の為に出来ること。





「身勝手な事は重々承知しています。でも、私は」

「あんた、真名があるのかい?」

「まな?」





かな?なんて地味なボケは口には出さない。

突然シリアス遮られて反動でボケちゃったけど言わないったら言わない。





「前世の名前が真名なんて言うならあります。貴女の妹さんに盗られましたけど」

「盗られた?」





おやまあと銭婆は目を見開いた。





「あんた、契約書に真名を書いたのかい?」

「ヤ、書いてないですけど、っ!?」





思わず自分のお腹をガン見した。

いやいや見て何とかなるもんじゃないけれど。





「あ、れ?」





それは共にあるのが当たり前で、

前があるから今があり、

今があるから前がある。

私の欠片。





「謀れたみたいだね」

「・・・・あのババアっ!!」





口悪く罵った私に姉である銭婆はあっはっはっは!と大きく笑った。





「なるほど、それなら少しは手があるね」

「本当ですか!?」





身を乗り出した私に銭婆がすっと顔を引き締めた。





「ただし、あんたに自分の過去をかける覚悟はあるかい?」

「・・・・過去」

「全てを忘れても、あの竜と共にあることを取るかい?」





私は思わず、ふっと笑った。

ここで即、YESと言えるほど私は可愛くない。





「全てを忘れちゃ困ります。でも、」





私はそっと体の中心、心があると言われる場所をそっとさわった。





「私の名前も、記憶も、ちゃんと私の中にあるらしいから」





思い出すのは、

白い狩衣、

微かなお香、

あの夏の川辺。





「一緒に探してくれる人がいるなら大丈夫だと思うんです」





ああ、人じゃなくて竜が、と笑うと、そうかい、と厳しい顔をしていた銭婆が優しく私の頭を撫でた。







共に生きたいんです。

できるなら、

できる事なら、

死ぬまで、伴に。

 
 

 

 

 

 

うぃき先生で調べてみると銭婆婆ではなく銭婆なそうな。
口調が偽者で笑えません。
さあさあさあ!いろいろ突っ込みどころもありますがクライマックス近づいてきましたよ〜!

 

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