何でこんな必死に走り回ってるかって?
そんな焦って、汗水垂らして、一生懸命頑張って、
自分のためでもないのに死ぬ気になって?
何でそんなことするかって?
バカだなあ、そんなの全部、
「愛だよ、愛」
油屋と私。
大見得切っといて何ですが、
裸足で黒い芋虫踏み潰し、釜爺に切符貰っといて何ですが、
「千、これ旨いぞ?セン、金やろうか?せん、何が欲しい?」
逃げ出したい気持ちでいっぱいです。
ハクへの愛だけでは乗り越えられそうにないこの局面。
背中を冷たい汗が滑る。
何がどうしてこうなったかなんて、映画通りといえばその通り。
その上黒いあんちくしょうに対してスルーし過ぎた私への報いといえば確かに報い。
しかし、これはないんじゃないか湯婆婆さんよ。
いたいけな子どもをこんな肉の塊のような怪物の前に単身放り出して良いものか。
否、良くない。
「チゥ!」
「おっと、単身じゃなかったか」
何の因果かくっついて来ちゃった蝿と太った子ネズミちゃん。
おっかしいな、どちらかといえばフラグは叩き折った気がするんだけと。
私は映画の主人公ほど優しかない。
「千、セン、せん」
「ちっ、うるっせぇな」
馬鹿の一つ覚えみたいに呼ぶんじゃねぇよ、と聞こえないように極ボソ声で呟いたつもりだが肩にいたチミッココンビがビクッとなった。
なんかごめん。
このまま現実逃避を続けたって解決する訳じゃない。
だって私は主人公。
千尋だからじゃない。
千だからじゃない。
自分の人生において、私以外は主人公になり得ないんだから。
微かに震える身体を叱咤し、下っ腹に力を込めてカオナシを見た。
「私は、あんたに何にもしてやれないよ」
「金をやるよ、食い物も、欲しい物は何でもやるよ。だから、なあ、千、セン、せん」
ええい!女に言い寄る変態親父か貴様!
じわじわとにじり寄るカオナシの手、というか触手。
これに捕まっちゃったらエロゲー的展開が待っていそうで笑えない。
「私を食べても、あんたの渇きは癒えないよ」
わっかんないだろーなーと思いつつ言葉を紡ぐ。
「千、食べる、セン食べたい、せん、欲しい」
大体、何故そんなに執着するんだ。
あれか、初めて自分を認識してくれた女子だとか、人付き合い苦手な思春期男子みたいな事でも言うつもりか。
その四畳半しかなさそうな狭っ苦しい世界に私を招くのはやめてくれ。
「しっかたないなあ」
やっぱり映画に沿うしかないのか。
バリボリと頭を掻いて、若干乱れたポニーテールは見ないふりをし、懐から半分になった苦団子を取り出す。
白竜に食べさせた際、ちょっぴり自分の口にも残って悶絶したのは内緒だ。
「私はあんたを救えない。でもここから連れ出す事はできる」
「千、セン、セン・・・・」
目の前で仮面の下の口が大きく開かれ、不揃いな歯とピンク色の肉が晒される。
ううん、夢に見そう。
「なんだってこんなことになったんだか」
やれやれと呟いて、蝿と子ネズミを懐に収める。
「チゥ?」
「しっかり入ってな、落っこちても知らないからね」
「せええぇぇぇん、」
「ほらっ行くよ!!」
苦団子を大きな口に放り込み、身体を翻しそのままスタートダッシュ。
命懸けの鬼ごっこの始まりだ。
「ひい!思ったより速ぇ!!」
「ヂュウウゥゥゥ!!」
映画沿いが気に食わなくたって、
目を覚まさない君の傍にいられなくたって、
私は前に進むんだ。
それは全て、
君との未来の為に。