自分より背の高い草花の間を走り抜け、

必死に白い狩衣を追いかける。

不意に開けた視界に飛び込んで来たのは案の定、家畜小屋だった。

 

 

 


油屋と私。

 

 

 

 

ハクの目が何かを訴えている。

多分、恐らく、いやきっと。

中に入ってもいいよって事なんだろうけど・・・・

あの、

 

 

「トラウマ、なんですけど・・・・」

「?虎、馬?」

「なんてベタなっ!!」

 

 

相変わらずビー玉の様な瞳をくるんっと回したおかっぱ様。

可愛いなあ!チクショー!!

ええぃ!女は度胸!と怯えながら家畜小屋へ足を踏み入れた。

だって、そうだろう!

十年一緒にいた大人が、しかもそれは両親で、その二人が突然巨大な豚になったのだ。

ミニなら未だしも自分より大きな豚が料理を喰い漁っている様は十分トラウマだ。

柔軟な精神を持った子どもならいざ知らず、こちらといえば精神は完全に成熟しきり立派なアラサー+10。

世の中の不可思議をそのまま信じれる心の柔らかさは持ち合わせていない。

汚れた大人でごめんなさい。

 

 

「おとーさん・・・・のブタさ〜ん、おかぁーさんの、ブタさ〜ん?」

 

 

若干引き気味で辺りを見回す。

私の声に反応し二頭豚が顔を上げた。

 

 

「ぅん・・・・?お父さん、か?お母さん・・・・?」

 

 

この顔の角度はお父さん似?

いいえ、ブタさんはやっぱりブタさんでした。

全く見分けられません。

餌が貰えると思った二頭の父母豚(仮)が騒ぎだし家畜小屋は大騒ぎになった。

 

 

「ちょ!マジでそれ以上太ったら屠殺場送りなんだからねーっ!!」

 

 

両親屠殺場で天涯孤独ってなんだ。

シュールにも程があるわ!

小屋から逃げ帰り捨て台詞を吐くがきっと両親には通じていまい。

はぁ、とひとつため息をついた時だった。

 

 

「千尋」

 

 

呼ばれて振り返って思い出す。

千尋。

そうだよ、それが今の私の名前だ。

でも、

 

 

「これは千尋の物だ。隠しておくといい」

 

 

服を手渡されて、ぎゅっとそれを握った。

いつの間に取りに行ったんだ、とか、それさっき私が脱いだ奴じゃね?とか、すっげー綺麗に畳まれてるんですけどっ!!とか、ツッコミたい事はいろいろあるがいろいろ台無しになるので止めておく。

今更な自覚はある。

 


それより今は、

 

 

「もうひとつ、」

 

 

私はぐっと唇を引き結んだ。

 

 

「名前を、盗られた」

 

 

私は無様に家畜小屋の前に突っ立ったまま服を握り締めた。

 

 

「あれは、誰も知らない、名前、だから」

 

 

あぁ、せっかくハクが畳んでくれた服がぐしゃぐしゃになるな、と頭の中の私が言った。

 

 

「この、まま・・・・わ、わすれ、ちゃっ・・・・たら、」

 

 

おかしいな。

声が出にくくて、何でか極才色の花たちとハクが歪んでいる。

 

 

「・・・・・・・・ど、し・・・・よ・・・・」

 

 

顔は熱いし喉はひきつるし何か鼻水出るし、

おいおいアラサー+10じゃなかったのかよ、とやっぱり私がそう言った。

 

 

「大丈夫だ」

 

 

そう言って、白い狩衣がが顔をおおった。

やっぱり香るのは微かなお香とあの夏の川辺。

 

 

「大丈夫だよ、千尋。君の名はちゃんと君の中にある」

 

 

さらさらのおかっぱが頬を撫でる。

大丈夫って何がだよ。中にあるって何だよ。

頭の中の私は一生懸命悪態を付いて必死に私を守っている。

 

 

「共に探そう。大丈夫。わたしはずっと千尋の味方だ」

 

 

ハク様って呼べって言ったじゃん。嘘だもん。味方じゃないもん。

駄々っ子になった私はハクの肩口に顔を押し付け首を振っている。

 

 

「嘘じゃない。信じて、千尋」

 

 

顔を上げられコツンとおでこを合わせた。

あぁ、私って奴は。

 


今、

 


貴方に、

 

 

「名前を、呼んで、」

「千尋」

 

 

名前を呼んでもらいたくて堪らないのに。

 

 

 

拍手再録です。

我にかえって死ぬほど恥ずかしくてのたうち回ったアラサー+10。
死にそうになりながらおにぎりを頂きます。

思ったのとまた全然違う仕上がりを見せております(笑)
おにぎり、食べさそうと思ってたのにな。おや?
ギャグとシリアスのS字カーブが激しいですが皆様どうぞ振り落とされませんよう・・・・

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