おかしい。
こんなはずじゃなかった。
ぐるぐるぐるぐる、脳内を駆け巡る。
台詞、段取り、感情、視線。
振り返るといい笑顔の委員長。
謀ったな!と言いつつ赤い彗星の名を呼んだり、
ブルータスお前もか、死ぬしかないぞシーザーとか、ちょっとシェイクスピアが脳内を駆け巡る。
目指すはスポットライトと観衆の前。
あたしは裏方のはずだろう、なんて愚痴は言い飽きた。
ヒーローになる時、それは今!
えいや、と飛び出すとそこには物語の世界が待っていた。
十五歳、舞台。
あたしの仕事はそう大したことじゃなかった。
台本を書くのは委員長で、あたしはその題材を提供するだけだ。
あれがいい、これがいい、ラブロマンスは、戦いは、冒険は、青春は、と、馬鹿みたいに出てくる案を一通り回収しつつ、委員長に提供したのはロミオとジュリエット。
現代日本ではありふれた誰もが知っているであろう題材だか、ここでは誰も知らない。
そのままやるのもいいが如何せん全てを覚えている訳でもない。
ネタとして提供し、後は委員長が書いてきた物を読み、感想を述べ、皆に時代背景を説明し、とそれで終わるはすだった。
「いーいーんーちょー?」
「どうした?ミス・ヴァレンタイン」
「出来上がったのを読んだわ」
「あら、ありがとう。どうだった?」
「面白かったわ、それより」
「うん?」
相変わらず獰猛な笑みでこちらを見返す委員長に目眩がする。
キングの言葉を借りるなら、ひでぇ冗談だ。
「この、ヒーローの名前の下にあたしの名前があるのは、どういうことかしら?」
「うん、やってちょうだいな」
事も無げに委員長は頷いた。
「冗談でしょう!」
今度こそ本気で叫んだ。
それでも委員長は八重歯を覗かせて笑うだけだ。
「いやいやいやいや、そんな話聞いてない!あたしはネタ捜し手伝うって、」
「うん、だから、やって」
「ぅおおおいっ!軽い!軽いよ!委員長!」
ここが教室であることも忘れて頭をかきむしり叫ぶ。
全員が役者で出る訳ではない。
一人一仕事なのであたしの仕事はこれで終わったと胡座を書いていた報いか、あたしの叫びに委員長はびくともしない。
「だって、ミス・ヴァレンタイン。こんな難しい役みんなできないって」
「え、え、えぇぇぇえええ?」
いや、確かに色々要約しても難しい役だとは思うし、確かに時代背景説明したらみんなチンプンカンプンって顔してたけれども確かに!
「男子諸君よ、それでいいのか!」
「あはははは、しゃべれないよこんな恥ずかしい台詞」
「書いたの委員長!!」
「OKを出したの君さ」
「じゃあ委員長はジュリエットやってよ!」
「うちのマドンナを差し置いてそんなこと出来ないよ」
それに私演出だし、ニヤリと笑うその笑顔が憎い。
「あの、ミス・ヴァレンタイン?」
拳を握り締め歯噛みするあたしにそっと後ろからか細い声がかかった。
委員長では有り得ない。
何故ならこの諸悪の根源は目の前でにやにやしているからだ。
振り返るとどぎまぎとこちらをうかがう美少女。
うちのクラスのマドンナことシンシア・モーリンだ。
「わたし、がんばるから、その、あの、一緒に、やらない?」
何故この鼻血ものの美少女(うちの弟たちには負けるが)の相手役をやりたがらないのか男子諸君よ。
美少女に萌え萌えしている男子たちに視線を送ると皆揃って明後日を向く。
ち、ガキどもが。
「シンシアの相手なんて出来るわけないじゃない。みんなシャイだもの」
童貞には絶対無理よ。とばっさりと切り捨てる委員長。
いや、許してやれよ委員長。中三男子に何を求めてるんだね君は。
半泣きのクラスメイトに憐れみの視線を送る。
「で、どうする?ミス・ヴァレンタイン」
そこにはいつもの通りの獰猛な笑みに少しだけ申し訳なさを滲ませた年頃の少女の姿がある。
「〜〜〜〜っ!!やりゃいいんでしょ!やりゃ!!」
きゃっきゃっとはしゃぐ少女たちに頭を抱える。
勝てるわけない、おばさんは若い子に弱いのだ。
稽古始め。
長い髪をひとつにまとめ、前髪を上げ、背筋を伸ばし、すっと立つ。
無理をしない程度に低めで落ち着いた声を。
そう、イメージは宝塚。
「あ、あの、本当に、ミス・ヴァレンタイン・・・・?」
「うん?どうしたの?マドンナ」
「な、何でもないの!!」
「・・・・化けたわね」
「やるからには全力を尽くすよ、いい思い出にするんだろう、委員長?」
「・・・・・・・・・・・そうね」
ここに天然のタラシがいるわ。
委員長には呆れられ、マドンナちゃんには惚れられるドミューシア。
どうしてこうなったんだろう?
おかしいな。ドミがヒロインをやる予定だったんだけど、何か似合わなくて(笑)