は?何ですと?
15歳、転校する。
「はじめまして、ドミューシア・ヴァレンタインです。よろしくお願いします」
面白味もへったくれもない挨拶をなるべく愛想よく行い、口角を上げて笑顔をつくる。
興味津々な明け透けな視線と、別にあんたに興味なんてないんだからね!というツンデレ的な視線を受けながら、あたしは必死に笑顔を保つ。
あー、後頭部痛くなってきた。
転校生なんてそんなステータスいらない。
悔やんだって仕方がない。
選んだのは結局あたしだ。
だけど、すっげーめんどせーこと起きるんだろうなー、と思わずにはいられなかった。
「はぁぁあ?」
思わず耳を疑った。
麗らかな昼下がり、金銀天使とうちのチビたちとの遊園地は楽しかったなあ、と思い出し笑いをしていた穏やかな午後。
リビングでお茶を飲むあたしに予想外でとんでもない言葉が降ってきた。
頼む、もう一回言ってくれ、いや、やっぱり言うな。
そんな視線を送ると爆弾発言をした我が父アーサーはタジタジとなった。
「いや、その、エドワードとシェラ君と同じ学校行く、のは、どう、だろうか、と、な、」
クソ歯切れが悪い。
あ、口が悪いのは、あたしの柄じゃないわね、うふふ、と笑う自分を想像してちょっと笑った。
笑顔のつもりだったが、目が笑ってなかったらしい。
アーサーが身を引いたのがわかった。
「ねぇ、パパ、あたしが何年生か知ってる?」
「中等部の三年生、だな」
「うんうん、」
「・・・・じゅ、受験、だな」
「うんうん、」
「・・・・いや、でも、心配だろう!?二人だけじゃ!」
「うんうん、」
「・・・・だから、その、ドミがいれば安心だと、思って、」
「うんうん、」
「・・・・あそこには、ドミの行きたがってた学科もある。ちょっと早いが、転入してもドミューシアなら大丈夫だと、思うんだが、」
「ふぅぅぅん?」
「ただ!・・・・ドミの意見をちゃんと聞かず、話を進めたのは、悪いと思う!申し訳ない!」
「うんうん」
「だから、断ってくれていいし、二人の学校生活の事も、まあ他に誰か頼って、」
「うんわかった」
「ドミ?」
「パパとはしばらく口訊かないわ」
「ド、ドミィィィィイ!!!!」
こうして、第一次ドミューシア反抗期が始まった。
「可哀想だね、アーサー」
「可哀想なもんですか、自業自得よ」
学校近くのカフェ。
いつぞや天使と金色狼の三人でお茶をした喫茶店にて、天使を呼び出しあたしはぷりぷり怒っていた。
フルーツタルトを切り分け口に運ぶ。
美味しい。
美味しいが気は鎮まらない。
あたしがドミューシアじゃなかったら確実にグレているところだ。
弟が心配だからと言って突然転校を勧められ、進路も決められかけてるとかどんだけだ。
それが結構気になってていいなと思ってる学校でも行く気が失せるわ!
「転校も学校も進学もほぼ人生決まると言っていいぐらい神経質になる話題だっていうのに信じらんないわ!」
「まあ、ドミューシアだったから、だと思うけどね?」
「知ってるわよそんな事」
そもそも四十代の若造がやらかした事だ。
それにアーサーだもの、馬鹿な子ほど可愛いとは良く言ったものである。
「まあ、アーサーの事は置いておくとして、」
いいんだよ、アーサーはアーサーだから。
無論、自分で考えても良しと思ったから話をふったんだろう。
でも、
「唆したのはあんたね?天使」
紅茶を飲み干して、きゅっと口角を上げた。
疑問ではない、断定だ。
「え?いや、唆したなんて人聞きの悪い、」
「・・・・」
片手を上げて紅茶のおかわりを頼む。
目は天使から離さないまま。
「大体、アーサーが僕の話を聞くわけがないじゃない?」
「あの子に言ったでしょ?ドミがいればアーサーもオーケーするだろうって、」
「・・・・」
「・・・・」
紅茶のおかわりが届き、ゆっくりと香りを楽しむ。
やっぱり目は逸らさない。
しばらくあたしが紅茶を飲む音だけが響く。
「・・・・・・・・・・・・・・えへ」
「えへ、じゃないわ!アホ天使!!!」
頬に指をやり小首を傾げて笑う外見美人の成人男性。
可愛いけどダメ絶対。
「あたしの平凡な学校生活どうしてくれんのよ馬鹿」
「断ってもいいってアーサー言ってたじゃない」
「何言ってんのよリィが可哀想でしょ」
「たまに思うんだけど、ドミってエディにベタ甘だよね」
「あんたに言われたくないわ天使」
「僕はいいんだよ、相棒だから」
「あたしもいいのよ、お姉ちゃんだから」
下らない言葉の応酬がささくれだった心を鎮める。
まあ何だかんだと言ったところで、これはただの八つ当たりなのだ。
そんな事は天使も理解した上で付き合ってくれている。
もしかしたらただケーキが食べたかっただけかもしれないが。
うず高く積み上がっていくお皿の量に胸焼けを覚える。
回転寿司じゃないんだから!
「でも本当にさ、ドミューシアだからだと思うよ?」
モンブランを食べ終わり、アップルパイに手を伸ばしていた天使はにこりと笑ってそう言った。
「もし君が、普通の女の子だったら僕もこんなこと言わないよ」
「何よ、あたしが普通じゃないみたいじゃないよ」
三人揃って失礼な、と金銀黒天使をまとめて下唇を付き出す。
そんなあたしを馬鹿にせず笑って、天使は考えてもみなよと切り出した。
「君が本当に普通の女の子なら、エディに対して今とは違う気持ちでいるだろうね」
普通の女の子。
それはおそらく、天使たちの詳しい事も知らず、突然出てきた美しい弟を愛していても、コンプレックスが収まらない。
「それに王様たちに会うこともないだろうし、僕とこうしてお茶する事もないでしょう?」
年相応のやる気と元気、羞恥心と虚栄心。
体を動かすのが好きで、ロッドを振り回していただろうか?
髪が短くそばかすが浮いたチャーミングな頬をして、比べられては唇を噛んだりしただろうか?
リィの事は大好きだけど、あんたの横にいるのが辛いと泣いていただろうか?
それでもあんたのお姉ちゃんなんだからと可愛く笑っただろうか?
「さあ、」
カップを傾ける。
爽やかな香りが鼻を抜け、喉を潤す。
「どうかしらね?」
それはもう、知る術はない。
リィのお姉ちゃんはあたしなのだから。
「だから、君にしか出来ない物語を綴るのも、ありだろう?」
「余計なお世話よアホ天使」
「ドミって僕には厳しくない?」
「お黙り元凶」
酷いな、と笑った天使を横目に見ながら、これからの人生に思いを馳せる。
「忙しくなるわねぇ」
そう伸びをした頃は、まさか一週間で転校する羽目になるとは思いもよらなかった。
「ねぇねぇ!あの綺麗な子と同じ名字よね!?」
「まさか弟!?」
「ちょ!紹介して!」
「私も!」
(アーサー、マジ、しばらく、喋ってやんないからな)