その一報は、
喜びと不安を煽った。
25歳、王妃。
「何で、会っちゃ駄目なんですか?」
「いえ、ですから」
「どうして、駄目なんですか?」
「あの」
「な・ん・で?」
「勘弁して下さいよ〜!」
門番の兵士に八つ当たりして私はその扉を睨む。
王妃が帰ってきた。
その一報は瞬く間に王宮を揺らした。
そして同時に、
王妃が負傷している事も。
護摩だか胡麻だか知らないが、麻薬が王妃の身体を蝕んでいるらしい。
王妃は北の塔に閉じ込められ治療している。
暴れる王妃は大変危険だ。
獣のような唸り声、咆哮、破壊音、塔の外でも聞こえるほどだ。
これが一年続けば都市伝説化間違いなしだ。
そんな塔に天使と銀色の髪したおかっぱの若者が何度か出入りしている。
「・・・・リィ」
知っている。
王さまも会えてない。
子栗鼠さんだって従兄弟殿も幼馴染み殿も、みんなみんな会えてない。
「・・・・リィ」
二週間もすれば、
麻薬が抜けきれば、
それまで正気でいられれば、
会える。
「・・・・リィ」
延々と聞こえる唸り声を聞きながら、毎日毎日北の塔にやってきてはうずくまる。
お腹が空いたのを思い出して、ご飯を食べたらまた此処へ来る。
とうとう毛布と食料を持って張り込み出したら流石に皆に止められた。
「嬢ちゃんが倒れたらそれこそ王妃が悲しむぜ?」
幼馴染み殿が眉を下げながら言う。
「王妃があの程度で死ぬ御仁か?姉君であるらしい君が信じずしてどうする」
従兄弟殿が分かりにくい優しさで言う。
「もしドミューシア殿に何かあれば俺があれに怒られてしまう」
王さまが大きな体を小さくしながら言う。
「・・・・うん」
私は頷きを返す。
分かってるんだ。
王妃は死なない。
「でも、」
治って、この戦に勝って、男に戻って、家に帰る。
知ってるし、分かってる。
私のこの座り込みが意味なんかなくて、迷惑をかけている事も知ってる。
それでも、
「じっと、してられなくて、」
「わたしが信用できませんか?」
知らぬ間に来ていて銀色の若者が初めて声をかけた。
紫の瞳が少し痩せた私を映した。
「信用してる信頼してるよ銀色さん」
リィをお願いね、と言うと痛ましそうに私を見た。
寝不足と栄養不足で顔色は悪いわ目の下隈で最悪だろう。
それも知ってる。
「ドミ」
ふわりといい香りが全身を包んだ。
暖かい。
「天使、」
天使は優しく私を抱き締める。
「無理は、駄目だよ」
「・・・・うん」
痩けた頬を優しく撫でる。
いつもならテンション高く叫ぶところだが、また聞こえてきた咆哮に意識が塔へ向く。
「本当に駄目になったら、強制的に眠らすよ。いい?」
「ルウ殿!?」
王さま達が非難の声を上げる。
天使は美しく笑いながら頭を撫でる。
「本当に、君にとってもあの子は太陽なんだね、ドミューシア」
「ありがとう・・・・ルウ」
初対面の会話を思い出して少し笑った。
その後、何回かの朝が来た。
ドミューシア殿がやるなら俺も、と政務をほっぽり出して座りだした王さまや、それを回収する従兄弟殿。
温かい葡萄酒を持って来た幼馴染み殿と、甘いお菓子を作ってきた泣きそうな子栗鼠さん。
老将軍とこの娘さんやら女騎士さん、戦うお花さんや喪服美女まで訪れるようになって、さながら宴会のようだった。
「もう、大丈夫ですよ」
銀色さんが扉を開けてそう言ったのは何回目の朝だったろうか。
その後何か言葉を続けていたようだったがよく聞いていない。
私は転がるように走り出して、塔の中は思いの外真っ暗闇で思いっきりすっ転んだ。
「ちょっとドミ!!」
慌てた天使の声。
転んだ拍子に階段から転げ落ちたので相当いい音がしたと思う。
ついでに泣くほど痛い。
「〜〜〜〜っ!!!」
「え、ドミ?」
思いきり打った脛と後頭部を抱えてうずくまっていると知らない声が聞こえた。
「っ!」
「まだ幻覚が残ってるのか?鼻があんまり効かない」
女性としては低め。
ざっくばらんで男性的。
でも決して男性ではない声。
「・・・・リ、ィ」
「ドミも姿変えられたのか?」
たっく、誰の悪戯なんだ、とぼやく姿は絶世の美女。
波打つ金の髪、
翡翠の瞳、
何よりも強い強い、
その魂。
「金色、狼、」
「ああ、そういえばウォルもオレがそう見えたって言ってたな」
「・・・・っ」
「ドミューシア?」
どうした?と顔を覗く姿は最愛の弟そのもの。
「リィっ!!」
「うん?」
握り締めたその手はいつかより大きく、華奢で繊細で、
見上げた瞳はいつもと変わらぬエメラルド。
「こ、わっ・・・・かっ、たっ!!」
怖かった。
人も、戦いも、世界も、
そして何より、
君がいないこと。