黒髪、黒目、黄色い肌に平凡な顔付き。
十五年ぶりの私の顔は、
懐かしく、望郷の念にかられながらも、
それは昔の顔だった。
25歳 コーラルにて。
「う〜ん」
わたくし、ドミューシア・ヴァレンタインがデルフィニアに落ちてきて(正しく落ちてきて)三日。
なんやかんやでコーラルにいます。
「あー」
リィが帰ってくる間、どこにいるのが一番良いかという話になって、
「うー」
王様が屋敷を一つ、と言うから全力で断って、
「・・・・ううん」
王妃の住まい、と言われて狼に食べられるのでパスし、
「びみょー」
知らない人が召し使いとか怖いし、できればリィにすぐ会いたいし、と無理難題を言いつつドラ将軍宅とかアツいな!とか思っていたら、
「どうかなさいました?ドミューシア様」
「いや、あまりに服が似合わなくてがっかりしてました、ポーラ様」
芙蓉宮にお世話になってます。
いやいやいやいや、何て言うか、いやいやいやいや。
誰かが命令したとか、あたしが拝み込んだとかそういうことではない。
皆でうんうん唸っていると、何処からか(間違いなく王様辺り)王妃の姉がいると聞きつけた子栗鼠さんがきらきら笑顔で挙手してきたのだ。
正妻の姉の世話をかってでる愛妾、なんて字面にすると昼ドラか大河ドラマの香りがするが、彼女に疚しいことなど何もない。
全力で敬愛する王妃のお役に立ちたい!の一念だけだ。
「そんなっ、とてもお似合いですのに!それに、ポーラとお呼び下さいませ」
「いやいやいやいや!それこそドミューシアと呼んでいただければ!」
「そんなっ王妃様の姉上様を!」
そんなやり取りを何回したことか。
服の端を摘まんでため息をつく、と子栗鼠さんがこの世の終わりのような顔をするので、そっと撫でるに留める。
この時ほど、ドミューシアだったら良かったのに、と思った事はない。
細い目、低い鼻、短い髪、黄色い肌に寸胴体型。
この時代のドレスアップにはいろいろ足りない。
日本人特有の平凡顔が恨めしいったらない。
ドミューシアならまあまあ可愛いのに!
「・・・・」
冗談はともかく。
一方的に知ってはいるが、前よりも圧倒的に危険が多く不便なこの世界で頼れる人物は一人しかいない。
一人で服も着れないこの世界で一番にしがみつきたい人が、ここにいない。
「・・・・」
堪えきれないため息を紅茶を飲んで誤魔化した。
全ての元凶、天使はどこで油売ってんだ!とか一発殴る、全然殴る。もしくは泣く。とかいろいろ思う事はあるが、そもそも、そもそもだ。
「・・・・」
紅茶に浮かぶ女の顔はドミューシアとは似ても似つかない。
この姿で金色狼はあたしに気付いてくれるのか。
見た目に惑わされない彼の嗅覚を信じるしかない。
滅多な事がなければ大丈夫だと分かっているが、姿が変わるとか、十分滅多な事だ。
もし、リィが、あたしに気付かなかったら。
「・・・・っ」
終わったな、あたし。
思わず遠い目をすると庭の薔薇が目に入った。
赤い薔薇が綺麗に色付いている。
「・・・・あぁ」
家を、思い出す。
日本でなく、ドミューシアの家を。
マーガレットを、アーサーを、チェインを、デイジーローズを、
そう、あそこはもう、あたしの家なのだ。
「まあ!これはこれは!」
「っ!」
ポーラの声で自分が物思いに沈んでいた事に気付いた。
しまった悪いことしたな、と彼女を見ればその視線の先には王様と二人の男性。
「う゛・・・・」
あぁ、なるほどね。
思わず呻くほど嫌な予感しかしないが座ったままというのもいただけないので席を立つ。
「陛下!それにバルロ様、イヴン様まで!」
嬉しいようでびっくりしたようで慌てたようで、とりあえず子栗鼠ちゃんはあわあわしている。
「調子はどうだ、ドミューシア殿。何か不自由はないか?」
「ポーラ様がいてくださるんですもの、申し訳ないくらいです」
朗らかな王様相手にうふふふ〜と猫を被ってみるものの、二人の男の視線がチクチクと痛い。
あー!面倒くさい!面倒くさい!コレ絶対面倒くさい!
「こちらの方々は・・・・?」
話など振りたくもないが、物珍しいと隠すつもりもない明け透けな視線に耐えきれず嫌々水を向けてみる。
「うむ。俺の従弟殿と俺の幼馴染みだ」
なんだその紹介は。
思わず半眼になるのをぐっと耐える。
あ、あたしこのまま二週間ここにいたら胃に穴が開くな。
「初めまして、ドミューシアと申します」
「ノラ・バルロだ」
「イヴンだ。で、あんたが噂のお姉様かい?」
冷や汗を垂らしながら精一杯人畜無害な笑顔を浮かべるが二人からの視線は止むことはない。
騎士団長殿と親衛隊長殿はあたしに穴でも開ける気らしい。
「はいそーですが」
何か?と言うのをぐっと堪える。
ヤバい。
本当にストレスフルだ。
「これはこれは、話には聞いていたが本当に似てないな」
ぷち。
「似ている似ていないの前に人種が違うだろうが。異母姉妹か、連れ子なのか?」
ぷちぷち。
「いえ、血は繋がってますが諸事情で」
「諸事情、ねぇ」
「ここまで似ていないのなら間者もあるまい。それに従兄上に何か考えがあるのだろう?」
ぷちぷちぷち。
「そうさな、」
「王様」
恐れ多くも彼の言葉を遮って、あたしは口を開いた。
そしてにっこりと笑う。
王様は少し目を見開いて、それでも何もなかったようにあたしを言葉を目で促した。
本当に勘の良い人だ。
目の奥が笑っている。
もう一度言おう。
あたしは本当にストレスフルなのだ。
「リィに初対面のお二人にいじめられたって言っていいですか?」
仏の顔も三度まで。
「「んなっ!!」」