これはない!これはない!これはない!!
あたしの人生ここで終わりかっ!?
15歳、デルフィニアにて。
「これは、一体・・・・?」
黒髪豊かながっちり系の男前が困ったように呟いた。
困っているのはこちらも同じ、否、百倍以上困っていますから!
死んだ脳みそで判断するに、男前さんが椅子に座っていてあたしがその上で横抱き状態で彼の膝に座っている、と。
うん。
降りろ、あたし。
「無礼者っ!!」
あたしの脳が動き出すより先に他の人たちが騒ぎだした。
おうになんたることを、みたいな事を言っているがとりあえず脳で処理できていない。
膝から引きずり降ろされ頭と背中を押さえ付けられた。
その衝撃で頬を擦る。
じくじくと痛むソレに脳みそがきゅるきゅるきゅるっと動き出す。
駄目だ。
ヤバい。
考えろ。
ここはどこだ。
「ここ!どこですか!!」
脊椎反射のように言葉が飛び出る。
選んでいる暇なんてない。
とりあえず、何か喋らなくては。
この賊が!とか、面妖な!とか、暗殺者か!とか、たくさんの人が集まりあたしを押さえ付け、声が山のように聞こえる。
がんがんと耳鳴りがする。
頬が痛い。
包丁なんて目じゃない大振りの刃物が視界を掠める。
唾が飲み込めない。
歯がガチガチと煩い。
怯むな。
戦え、
戦え、
戦え!
「ここは!どこ!ですかっ!!」
精一杯顔を上げ、声を張り上げ、椅子に座る男性を見る。
それはもう睨み付けるに近い。
「良い」
彼が一言呟くとたくさんの人が少し離れ、刃物は見えなくなり、体にかかる重さが少し減った。
少しね、少し!仮にもか弱い少女の上に何人乗っかっとんじゃあ!!
「ここは、どこですか?」
「謁見の間だ」
「貴方は、デルフィニアの王様ですか?」
ざわりと騒ぎだすギャラリーを彼は目で制し、少しおどけて彼は口元を緩めた。
「知っていて俺の首を取りに来たのではないのか?」
「そんな重そうなモノいりません」
しまった素が出た。
よりギャラリーがアグレッシブになってしまったが、王様のハートはがっちりキャッチらしい。
楽しそうに笑うと王様は家臣を黙らせ話を続ける構えだ。
その前にこの体勢やめさせてくれませんかね?
「では何をしに来たのだ?」
「あたしは巻き込まれただけです。ルウ来てませんか?リィは?」
ここでまたギャラリーが大盛り上がり。
呼び捨て!とあたしを掴む腕に力がこもる。
痛い痛い痛い!
が、悔しいので顔には出しません。
「王妃は生憎外出中だが、ルウ、とな?」
「迷子かあんにゃろう!!」
拘束も忘れて思わず上腕を動かすと凄い力で押さえ付けられた。
も、本当いい加減にしてくんないかな!
「それで、お主は一体何者だ?魔法街の者か、はたまた物の怪の類いか?」
「あたしはただのリィのお姉ちゃんです」
「陛下っ!!」
彼の片眉がぴくりと動いた瞬間、今まで騒がしいギャラリーだった一人が飛び出した。
初老の彼がどういう身分なのかはさっぱり分からないがとりあえず頭から湯気が出そうなほど起こっているのは分かった。
「もう我慢なりません!突然現れ狼藉暴言の限りをつくし!尚且、王妃の姉を騙るとは!!」
「だって本当にそうだもん!」
「喧しい!王妃は身寄りなき御身!騙るに落ちるとはこの事よ!」
「違う!あたしはちゃんとリィのお姉ちゃんなんだもん!」
あたしが金色狼と姉弟だという証拠は何もない。
ドミューシアとリィでは全く容姿に似たところはない。
髪も目も違えば、超美少女でもない。
しかも確かこの時のリィは十九歳。
せめて妹とか言った方が真実味があったかもしれない。
金色狼がここにいないなら、あたしは子どもの様に駄々をこねる事しか出来ない。
「どこに証拠があると言うのだ!」
「証拠なんかないけど、リィはずっとあたしの弟で、あたしはずっとリィのお姉ちゃんなんだ!!」
その瞬間、ギャラリーの侮蔑が嘲笑へ変わる。
「本当に!あたしは!」
眉間に力を込め嘲笑に立ち向かう。
これだけは、
あたしが十五年もあそこで生きてきた真実だから。
絶対に譲らない。
「お主の弟だったのか?王妃は」
「何をおっしゃいます陛下っ!!」
「どうやら、ここでは女の子で王妃様らしいですけど」
頷く事が出来ないので少しだけ顎を引く。
王様が不審者の言うことを信じたのが余程気に入らないのか初老の彼は地団駄踏みそうになっている。
血管、切れるんじゃないだろうか?
「お戯れを、陛下!!この様な黒髪の異国の娘が王妃の姉な訳がないでしょう!」
黒髪の、異国の、娘?
続けてみんなアグレッシブに叫んでいるがそれどころではない。
目だけを動かし右手を見る。
そこそこ紫外線を浴び、そこそこ乾燥した、黄色い肌。
少し禿げたマニキュアが残る指。
(そう、そういえばマニキュアなんか塗っていた)
頭を振ればパサパサと首元で音の鳴る短い髪。
ドミューシアは長い栗毛だ。
(だって金色狼が切るなって)
あ、駄目だ。
その瞬間あたしの体から力が抜けたのを感じた。
もう駄目だ。
(ずっとずっと)
だってだって、
(色白の肌」、小さな手足、綺麗な顔立ち)
あんなに恋しく焦がれて欲して、
(違和感を隠して)
それなのにもう二度と戻れないからと諦めて、
(思い出さないように、した)
一生懸命生きてきたのに、
(誰も知らない、私、の姿)
こんなのって、ない。
(誰も知らない、私、の名前)
力の抜けた目からはぼとぼとと大量の水分が溢れ出した。
こんなのって、ない。
「・・・・ぁ、ぁ、ぁ」
だらしなく開いた口から声がこぼれ落ちた。
「む、どうした?」
こんなのって、ない。
「な、何だ。泣き落としなぞ」
こんなのはあんまりだよ、世界、
「っうあああああ〜〜〜!!!う゛あああああ〜ん!!う゛ぇぇぇぇえ゛〜〜〜!!」
ただただ泣いた。
子どもみたいに泣いた。
みんなおろおろしだしたけど、
あたしの涙を誘うだけだった。