アーサーが金色狼を殴った。
最悪だ。
地獄絵図が始まった。
10歳、懇願する。
その日はアーサーが仕事に出る前に金色狼が家に来た。
見事に彼らは鉢合わせ平行線の会話を初め、当たり前に口論になった。
といっても大体いつもの事で家族揃ってまたやってるなあぐらいの感覚だった。
それもいけなかったかもしれない。
でなければ仕事が続いて疲れていたとか、虫の居所が悪かったとか、何かが少し良くなかった。
何が原因かはともかく、アーサーの中で何が切れて金色狼の綺麗なあの薔薇色の頬を平手でぶった。
一瞬のうちに、あたしは血の気が下がる音を聞いた気がした。
「・・・・さい、あく・・・・」
急激に空気の冷えた金色狼とやっちゃったみたいな顔をしているアーサー。
やっちゃったどころの騒ぎではない。
ごぎりっ!
昔も今も聞いたことがない音を立ててアーサーが吹っ飛んだ。
血が飛び散る。
「え、エド、ワー」
「オレをその名で呼ぶな」
殴られたのも分からない困惑気味のアーサーに容赦ない金色狼が足に手をかける。
「ママ!救急車!!早く!!」
あたしの怒鳴り声にびくりと震えたデイジーが泣き声を上げた。
それでも金色狼は止まらない。
「ママ!ママ!!」
呆然としたマーガレットは反応はない。
頭一個分高いマーガレットの胸倉を掴んで引き寄せる。
「マーガレット!!」
顔を両手で挟んで瞳を覗けば予想以上にひきつった顔をした自分が映った。
「ド、ドミュー」
「救急車っ!呼んで!!チェイン!デイジーとタオル持ってきて!!」
強引にマーガレットを部屋から出し、チェイニーとデイジーには仕事を言い付ける。
「う゛、う゛んっ!」
嗚咽と泣くのを堪えたチェイニーはデイジーを連れて部屋を出た。
ただここから遠ざけるだけでは駄目だ。
恐怖を植え付けてしまっては駄目だ。
あたし達は、金色狼の家族なんだから。
あたしは大きく息を吸い二人を見た。
足がおかしな方に曲がったアーサーは意識も危うい。
「金色狼!」
反応はない。
背後など取れる訳もなく、気合いを入れて腕にすがり付くが呆気なく振り払われた。
「金色狼!金の戦士!!リィ!!エドワード!!ねぇお願い!!」
声は届かない。
当たり前だ。
野生の獣の怒りに触れたんだから。
「ちっくしょ!」
吐き捨てながら今度は腰にしがみつくが意図も簡単に引き剥がされた。
「邪魔をするな」
冷たい翡翠があたしを切り裂く。
肩が思わずびくりと上がり、喉がひきつり歯が震える。
それでも、天使にすがるのは最終手段だ。
だって、あたし達は家族なんだから。
「グリンディエタ・ラーデン」
震えそうな唇を引き締めて溢れた名前は何とか金色狼まで届き、彼は小さく目を見開いた。
「お願い、どうか怒りを鎮めて。グリンディエタ・ラーデン」
「・・・・何で、その名前を君が知っている」
拳を降ろし、ごとりと音を立ててアーサーが落ちた。
死んでいないはずだ。
それだけは、金色狼を信じるしかない。
「合ってて良かった。もう大昔の記憶だし、長い名前だしね」
「質問に答えていないな。何故知っている?」
「言っちゃ駄目な名前じゃなかったはずだけど?」
「ドミューシア・ヴァレンタイン」
金色狼の怒りの色が濃くなる。
いつものようにはいかないか。
あたしは唾を飲み込み震える体を叱咤し立ち上がる。
「詳しい話は今は言えない」
「何故?」
「あたしの身の安全の為に」
「どういうこと?」
金色狼の片眉がぴくりの跳ね上がる。
下がりそうな視線を無理矢理上げて翡翠を見る。
「世界はそんなに安全じゃないって事」
ブレイン・シェイカーがある以上、この世界にプライバシーなんてあるものか。
端末の通信記録だって、美しい海賊船にかかればすぐに暴かれる事だろう。
あたしはただの人間なのだ。
弱く儚く、車にぶつかっただけで死んでしまう存在だ。
異端扱いされて脳みそ開かれた日には早死にしか見えない。
「・・・・なら、いつなら話せる?」
しばらく見つめあった後、金色狼が口を開いた。
「星たちが、揃ったら」
小さく返事を返し、そっと金色狼の手を握った。
血と暴力の手。
さっきまでアーサーを殴っていた手。
それでも触れた瞬間、小さく震えた、手。
「お願い、それまで普通のお姉ちゃんでいさせてね?」
「・・・・今でも十分変だよドミは」
そう言ってくしゃりと笑った金色狼は八歳の少年のようだった。
(おっと、アーサー何とかしなきゃ!)
(「お゛ね゛ぇ゛え゛ちゃん、だお゛る゛う゛〜!」)
(「アーサー!!ねぇ!アーサー!!」)
(「パパ!傷は浅いぞしっかりしろ!」)
(「・・・・やっぱり君、変だよ」)
「救急車呼んで!」「救急車ー!!」ネタはさすがに空気読んでやめました(笑)
原作では弟と妹いないんだけど、そこは目をつぶっていただいて・・・・(苦笑)
次はかわいそうなアーサーとお話です。
top next