薔薇園は今日も変わらず美しかった。
ただ、より美しい者のせいで霞んだだけで。
って、なんじゃそりゃ。
十歳、脱ぐ。
「ここが庭。って呼ぶには広いけど」
目の前には金色の狼。
彼の瞳に美しい薔薇園が映し出される。
「・・・・」
かと思いきやチラリと周囲を見ただけでまた、視線はあたしに釘付けさ!って喜べるか!
「えーっと、この二階に子ども部屋があるから、」
翡翠が輝く。
金が波打つ。
「多分、君の部屋もその辺に、」
美しい外見など皮でしかない。
「なるんじゃないかなぁ・・・・?」
それ以上に強く気高い魂を持つ、美しい獣。
「ぁ〜・・・・」
あたしは大きく息を吐き、そして大きく吸い込んだ。
「あ゛〜っ!!やめやめ!何かいろいろやめっ!!」
ガシガシと頭をかいてその場に座り込んだ。
煌めいていた翡翠が今は唖然と見開かれている。
「何、突然?」
「いや、ちょっと十年程飼ってた猫と別れを告げたとこ」
「はぁ?」
ぱしぱしと金色に縁取られた瞼が動く。
「金色狼相手に猫被ってもしょうがないでしょう」
「きんいろおおかみって、ぼく?」
きょとんとしながら自らを指差す姿は物凄く可愛い。
「そっ。もっかい自己紹介ね、ドミューシアよ。君と同じくもう一個名前があるけど今は保留中。ドミって呼んで?人生巡り巡って今は一応、君のお姉ちゃんやってるわ」
「ちょっと待って、よく話が見えない」
あたしは足を投げ出し金色狼を見上げた。
ついでにちょっとストレッチなぞ始めてみる。
「よく分からない部分の多い自己紹介なんだけど、きみは、何なの?なんでルーファときみは約束したの?ぼくが狼に見えるの?もう一つ名前があるって、ラー一族なの?」
展開に着いてこれず狼狽する感じが美しいより可愛い。
「まあ、いろいろあってね」
名前を聞かれたら、いっぱいあってな、と答えたい。
「まず、ラーじゃない。ごく普通ではないけど普通の小学生」
「何それ?」
「まあ聞きなさいな」
伸ばした筋は固い。
せめて両足首掴めないとヤバイか。
「っと、君が、狼に、見えるかって、だって、金色狼は、金色狼だから」
「全然答えになってない」
伸びない筋を諦めて体を解放する。
空が青い。
「大人ってそんなもんですよ」
途端彼は鼻の頭にしわを作った。
美人は何やっても美人だ。
「ここでは二十年独り立ちしないんだろう?ならきみは大人じゃないじゃないか」
四歳で独り立ちし、突然子どもという立ち位置に戻される彼の境遇。
少し、あたしに似ているなあと思ったのも事実。
「そうね。でもいろいろあってあたしは大人なの。でも、ずーっと、子どもやってんの。だから」
あたしはひとつ息を吸った。
「きっと、君の力になれる」
ニッと笑う。
見上げた彼は本当に困った顔をしていた。
「・・・・きみ・・・・何なの?ほんとに人間?」
「お誉めに預かり光栄。前も今も人間以外になったことないけどね」
はぁと長い息を吐き、彼は腰を下ろした。
「正直、全く分からない」
ほんとにきみ何?と視線で問われる。
「そうだねぇ。天使と約束したのは金色狼と会いたかったから。てかもっと早くに会いたかったのに・・・・絶対忘れてたな天使め!」
ちょっといらっとしたので手元の雑草を引っこ抜く。
そろそろ月一の庭整備を頼まなくては。
「ルーファは今忙しいんだ。ぼくだってなかなか会えない」
そう言った彼の顔は年相応の八歳児の顔だった。
「って、そうか!思い出した!そういやそうだったね!」
時間軸的にはそうだ。
天使は今、『おかあさん』をやっているのだ。
この数年ざっと計算するに、大きな事件はふたつ。
ひとつは世界を跨ぐ旅のこと。
もうひとつ、出来るのなら、もし出来る事なら避けたい世界を震撼させる大事件に繋がる、ひとつ。
避けることは出来なくても、最小限に留める事は出来るかも、しれない。
それは今後のあたしの立ち回り方によるだろう。
どれだけ、彼らに信用してもらうかにかかっている。
「何が?どうかしたの?・・・・・ねぇ、ドミ?」
「うおっ!名前呼ばれた!」
深い思考の海に入っていたところ、金色狼の不意打ちですっかり現実に戻りました。
思わず振り返ると不審そうな顔が一気に驚きに変わる。
「何・・・・?呼んじゃまずかったの?」
「いやいや、大歓迎!何か嬉しくってびっくりしたの!うっわ!嬉しいもんだねぇ」
「ほんとに、変な人間」
呆れたように呟いた金色狼はそれでも何か諦めたように肩を竦め苦笑を浮かべた。
うおっ苦笑可愛い!
「まあそんなわけで、今日何処で寝る?無理に部屋じゃなくてこの辺でもいいし、あっ無理せずいっぺん帰る?」
思いがけない苦笑が可愛くてにじにじと近寄ると、またマジマジと顔を見られた。
大丈夫、ドミューシアそこそこ可愛いので問題なし。
北欧系ってだけで得点高いよドミューシア。
「ぼく帰っていいの?」
「そりゃいいよ。たまに遊びにくればいい」
「でも、あの男もルーファもここで暮らせって」
あの男呼ばわりですよ、アーサーさん。
あまりの空回りに涙が出るよ。
「無理言うよなぁ」
あたしはぐっと背伸びをしてそのまま寝転がった。
いいんです。
子どもは服を汚すのも仕事ですから。
「将来的にここに住んで欲しいってのはあったとしてもいきなりは嫌だよねぇ」
悪いけど、アーサー。
貴方には可哀想なピエロになっていただきます。
あたしと金色狼の絆の為に!
君の犠牲は無駄にはしないよ、パパ大好き。
「だからまあ、今日は好きにしなよ。アーサーにも天使にもあたしお願いしたげる」
「・・・・ありがとう」
青空をバックに薄く笑う金色狼は、めちゃめちゃ美しかった。
(うっわ鼻血出そう!)
(よし、天使には絶対に携帯端末持ってもらなわきゃ!)