「お月見をしましょう」
ある日、月夜の晩にマーガレットは言った。
七歳のこと。
一年生も中盤になり、何とか基本の文字形態を覚えた頃だった。
小学校入学と共にねだった一人部屋にマーガレットがふらりと入ってきた。
「ねぇ、ドミューシア。お月様がとてもきれいよ」
「そう」
最初、マーガレットの言うことがいまいち分からず、教科書から顔も上げず生返事をした。
文字を覚えたと言っても英語で言えばABCを覚えた程度。
とても安心は出来ない。
毎日勉強していた。
理由も分からず。
ただ、自分がいなくならないように。
「ドミ」
ペンを握る手に優しい手のひらが降りた。
「・・・・なに?」
「お月見に行きましょう」
「今、べんきょうしてるから」
「だって、お月様がきれいなのよ?」
会話になってないのは今さらかもしれない。
顔を上げれば慈愛が滲む。
「・・・・うん」
ママには適わない。
そんなの七年前から知っている。
***
七歳、月に泣く。
連れてこられたのはマーガレットお気に入りの薔薇の庭園だった。
ゆっくり、庭園を歩く。
夜風が冷たい。
上着を掻き寄せ、マーガレットを見上げた。
「チェインとデイジーは?」
「ぐっすり寝てるわ」
マーガレットがじっとあたしの顔を見つめ美しく笑った。
「・・・・なに?」
「ドミューシアは、家にいてお手伝いをしてくれる時が一番キラキラね」
「よく、いみが分かんない」
ため息が夜空に漏れる。
美しい薔薇の庭。
美しい夜空。
美しい月。
何処まで行っても何にもない。
「帰りたい?」
「・・・・マ、ママ?」
唐突にマーガレットが呟いた。
彼女の顔は哀しいような愛しいような、母の顔。
「ドミューシアは帰りたいのね。いつも何処か遠くを悲しそうに見てるわ」
「なん、こと・・・・」
言葉が詰まってうまく出てこない。
そんなことないよ、ママの気のせいだよ。
そんな言葉すら言えず、あたしは呆然とマーガレットの顔を見上げていた。
「ねぇ、ドミューシア」
マーガレットが膝をつき、彼女の碧色の瞳にあたしが映る。
同じ髪色で、よく似た顔立ちの少女。
当たり前だ。
家族なんだから。
あたしは、この人から生まれたんだから。
「無理しなくていいのよ。貴女がどんな子でも、私たちの大切な可愛い娘だもの」
暖かい母の腕の中。
「いいのよ無理しなくて。貴女は貴女のままでいいわ」
あたしはただ、何も言えずに泣いた。
(ありがとう、ありがとう、ありがとう)
(ただ、溢れる想いだけ)